塩麹とはなぢ

身の回りの小さきを愛す

もってる人の特権、脳天トンボ

小学校の頃、一つ上の学年で「いじられキャラのめっちゃもってる人」がいた。名前も顔も覚えていないが存在は覚えている。

修学旅行の日。四年生から六年生まで同時期に各場所へ修学旅行をするようになっていたので、学校集合をした3学年はごった返していた。

私は四年生だったと思う。ようやく整列をして校長に挨拶をして近くの駅やバス停に出発しよう、そんな時に「めっちゃもってる人」の頭にトンボが止まった。ずっと動かない。頭を軽く振っていたが動かない。「もってる人」の同学年からは爆笑の嵐。収集がつかなくなりかけた事に危機感を覚えた先生が、無理やりトンボを追い出したけれどこのままいけば一緒に旅ができたのかもしれない。暑くなりはじめたあの時期にぴったりの、力が抜けるような出来事だった。

「もってる人」にはトンボがつくものなのか、当時の私の小さい脳にはそう刷り込まれた。そしてその小さい脳で、極限に素直な気持ちで「もってる人」になりたいと思った。理由はもちろんない。

いつかなあこれも。覚えていない。四年前くらい。何かしてた時。校外学習で割と真面目な会だった気がする。その時は夏と秋の間で暑くはないけれど涼しくもない、どっちつかずな時期。

頭に違和感がある。ベビースターみたいなヤツに掴まれている。なにこれちょっと気持ちいいけど、なにこれ。

気づいたら、一緒に行動していた友人が声にならない笑い声を出していた。その友人が揺れる腹筋に抗ってどうにか発した言葉「トンボ」。マジか、私にもトンボがつくのか。嬉しかった。もってる人になれたのだ。奇妙な光景に、クラスメイトが集まってきてちょっとした珍事件になってしまった。ただ当時の私は昆虫と触れ合う事に異常な恐怖を抱いていたので、めちゃくちゃ驚いたせいですぐに飛び立ってしまったけれど。

きっとマヌケな姿だったのだろう。脳天にトンボ。もちろん普通に見りゃマヌケ。でも、その時の私にはどんな勲章よりも輝いて見えた。もってる人。嬉しい。奇跡を起こす人になったのだ。よっしゃ。

未だに忘れられない記憶。もしかしたら嘘なのではないかと思うくらい曖昧な記憶だが、事実である。

なんであんなに「もってる人」になりたかったかは覚えていない。でも、時々「もってる」出来事があるとあの茜色のトンボを思い出す。あの夏でも秋でもない空を思い出す。息をする事に必死になる程笑った隣の友人を思い出す。

あの「もってる人」は元気かなあ、トンボのこと覚えてるのかなあ、あなたが覚えてなくても私が覚えているけれど。衝撃の「もってる人」だったから、全く忘れられないけれど。