塩麹とはなぢ

身の回りの小さきを愛す

シナプスを恨む

調理実習が大嫌いだった。

何もできないのは自明なのだが、蓄積された小賢しさにより「やってる風」はうまいので、メチャクチャ丹精込めて(る風に)皿洗いをしたり、大根おろしはおろしすぎるまで自分の仕事にしていた。かなりスローな行動で時間を稼いでいたが、丹精感が強いおかげで誰にも何も言われなかった。

実習中に私ができることは洗う・おろすの二つであるがゆえ、それらの仕事が終わった瞬間に地獄が待ち受けている。

普段から、教室に物が落ちていたら率先して拾ったり、隣の席に座るあまり仲良くないし結構イケすかないし、ていうか割と最悪な記憶のある同級生が居たとして、そいつがペンを落としても率先して拾い渡すような器の大きさを、神に誇示していたのに。なぜ神はこんなに容易く地獄を提供するのだろう。旧約聖書かってツッコんだ。心の中で。うそです。今思いました。まあそれにしても、日常に地獄は潜みすぎている。ポケモンで言えば、地獄はコラッタくらいの頻度で出てくる。雑魚が。ラッタになったところで、お前は一生パーティーに入れないのにな。

地獄、つまりおろしも洗いもなくなった調理過程に、わたしは砂糖を量る係になってしまった。

ぽつねん、という言葉はこういう時の為なのだろう。広い調理室の中、誰の姿も見えない。私がひとり、白紙の脳をつかって班員の分のさじ量を計算せねばならない。ぐつぐつと煮えたぎる、一度入れたら取り返しのつかない地獄の釜にぶち込むところまでが役目。無理だ。責任が重すぎる。

運の悪いことに、人数調整の関係でほとんどは5人班なのに私たちの班は4人班であった。まわりに配合を聞いても、人数が違う為に話にならない。焦る。しかもなんか圧をかけてくるヤバめの奴と同じ班である。終焉。

そしてテンパった末、砂糖と塩を間違えるというウルトラハイパーベタすぎだし最悪な失態を犯した。泣いた。マジで。地獄みたいた空気になった。しかも何もできないのに、皿洗いも奪われた。己だけで済んでいた地獄が拡大した。共有する地獄はつらいな。

狼狽という言葉は、きっとこの時の私のためにつくったのだろう。先人よありがとう。どうすればいいか分からなくて、シンクに歪む自分の泣き顔を見た。熱気に紛れて、力強く滴る涙が情けなかった。甘すぎる地獄の釜の中身を想像して、塩気が強すぎる涙を飲んだ。

そのあと普通に先生が助けてくれて、普通の食べ物になった。何をつくったかは覚えていない。

あんまり美味しくなかった。ていうか味がしなかった。でも、あの時間をかき消すかのようにおいしい!!いろいろあったけどおいしいね!!と言いながら食べた。胸に通る温かい液体が、涙の分泌を促していた。シナプスを恨んだ。